高専生ぜろ

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高専に入学する前から現在について~高専生編・後編~

前置き

後編です。

いよいよ(?)留年回です。

知らない人のために一応書いておきますが、僕は3年生のときに留年しました。

なので3年生が二回あり、期間にすると2019~2020年度は3年生だったことになりますね。

 

前編を読んでない人は先にそちらをどうぞ。

高専に入学する前から現在について~高専生編・前編~ - 高専生ぜろ

 

 

予備知識2

高専に関する予備知識です。

これは書かなくてもいいかなと思いましたが、念のため書きます。

 

高専は、低学年は一般科目が多く、学年が上がるにつれ一般科目の割合は減っていきます。

言い換えると、低学年は専門科目が少なく、学年が上がるにつれ専門科目の割合が増えていきます。

 

当たり前の事かもしれませんが一応書いておきました。

予備知識については、足りないなと思ったら後で追加するかもしれません。

 

それと、この記事では「3年次」(=高専3年目)という表現をします。

なので「4年次」は3年生という事になります。

実はこの「年次」の使い方が正しいのか正しくないのか自分でもよく分かっていません。もし間違いだった場合はご指摘願います。

 

 

1回目の高専3年生

この年は高専生活の中で(今のところ)、最も内容が濃い年になりました。

良くも悪くも色々ありました。

 

3年次・前期

3年生から寮を抜けて自宅通学になりました。

「寮を抜けたから留年したんじゃないのか?」と思う方もいるかもしれませんね。

確かに寮を抜けた影響も多少はありますが、寮に入っている頃から成績は悪かったので、寮はあまり関係ないと思います。

ちなみに、寮生か自宅生かは成績には何の関係もありません。

 とりあえずまぁ、なんか雰囲気がちょっと変わった感じがして浮かれてました。

 

6月の初めごろに前期中間テスト。

このテストでは赤点89個取りました。

そして、追試もクリアできなかった科目が4つくらいあった気がします。

この時点で2年の頃よりもヤバいのが分かります。

 

この後担任から呼び出されてこの実態の理由を聞かれました。

そのとき僕は「高校総体で忙しかったから」と言い訳をしました。

勿論これはその場しのぎの言い訳です。この後のテストでも成績は悪かったので。

 

8月初めごろに前期定期テストはあります。

赤点の個数は忘れましたが、相変わらず悪かったと思います。

そしてこのときも、追試も落とした科目が3つか4つありました。

今思えば完全にこれが原因ですね...

 

ぶっちゃけた話をすると、「本試験は落としてもいいけど追試は死ぬ気で頑張れ」です。

しかしこれは言うなれば、リスク管理ができていない人の言葉です。

ギリギリで生きていたい人の言葉とも言う。

普通に本試験から頑張りましょう。やる気出ないのは分かりますが。

 

夏休みは普通に遊びまくりました。

人生で初めて赤色に髪を染めました。

赤点が多かったから赤色にしたわけじゃないです。

ちなみに、前期定期テストの追試は後期に入ってから行われますが、特に対策はしていませんでした。

 

3年次・後期

後期に入ると体育祭、文化祭、3年生は工場見学などがあり楽しみまくりました。

行事が楽しいのも高専の特徴かもしれません。

 

楽しいのもつかの間、後期中間テスト。

もちろん(?)赤点を取りまくりました。

またしても追試でもクリアできない科目があり、ここで2科目の再試がほぼ決まりました。

 

そして冬休みの前日、クリスマスイブの夜に担任から親呼び出しがありました。

その後僕はそのまま実家に強制送還され、家族会議になりました。

あの重苦しい雰囲気は二度と味わいたくないです。

 

この日がクリスマスイブだった日もあり、18年の人生で最悪のクリスマスイブの日だったと思います笑

12月~2月は不幸続きだった気がします。やれやれ。

 

学年末テストが最後のチャンスだったので冬休み中もそれなりに勉強した気がします。

でも課題が多くてイライラしていたのを覚えています。

 

学年末テスト。

このあたりから僕は周りに「9割留年する」と保険をかけ始めました。

もっとすべての娯楽を削るくらい勉強していたら、もしかすると進級できたかもしれませんが、まぁ無理でしたね。

年間成績が59点の科目もありましたがどうにもなりませんでした。

半分諦めてました。

 

3年次・春休み

春休みが始まってしばらくすると進級判定会議というものがあります。その名の通り、学生の進級・留年について話し合うんだと思います。

進級判定会議の後、担任に進級の合否を聞くために教室にクラスのメンバーが10人くらい集まりました。

「留年する心配もないのになんでこいつら来てんだ...」と思ってました。

で、一人ずつ担任の部屋に入って合否を聞きました。

結果から言うと、僕のクラスは僕以外進級しました。

担任から「残念ながら...」と話されたのを覚えています。

 

当時のツイートを発掘しました。

 

留年することはほぼ予想できていたので取り乱したりすることはしませんでしたが、悔しかったですね。

廊下で待っていた数人に結果を伝え、最後に(?)皆で写真を撮って解散しました。

その後家族に留年を伝え、数日後に両親と俺で家族会議になりました。

クリスマスの時以上に重苦しい雰囲気になりました。

学校を辞めるいう選択肢もありましたが、僕はそのつもりは全くありませんでした。

 

しばらくすると学校で担任と三者面談がありました。

内容はあまり覚えていませんが、これからどうするのか話し合った気がします。

 そんなこんなを終えて、晴れて留年生です。

 

1つ下のクラスの人とは知り合いが数人いました。

LINEグループに入れてもらいました。

 3年➔4年の春休みは課題が無かったんですが、留年したので2年➔3年の課題をまたやることになりました。

 留年が決まった後は逆に気持ちがスッキリしていました。

 

そして2回目の3年生へ...

 

2回目の高専3年生

(劇的に成績が上がったりはしません)

また、この年は例の感染症により例年とは違う1年間になりました。

 

4年次・前期

学校が始まりました。3Eの教室の場所は事前に把握していたので、何事も無いような顔でスッと教室に入ったんですけど、内心ちょっと緊張していました。

 

始業式が合って、最初のHRで学級委員を決めることになりました。

僕はここで調子に乗って手を上げ、学級委員長になりました。

 

それからは普通に楽しい学校生活が始まったんですが、1週間っ経った頃に緊急事態宣言が出されてすぐに休校になりました。

結果的に休校は6月末まで続くことになります。

 

休校になるとすぐにオンライン授業が始まりました。

文系科目はあまりやる気が出ませんでしたが、専門科目は前年と比べ物にならないほど理解できました。

 

休校期間が長かったので前期中間テストは無くなりました。

休校が明けると1カ月ほどで前期定期テストがありました。

結果は、赤点1個でした。

しかもその科目は歴史(日本史)で、59点でした。おしい!

親からは、「2回目だから赤点1個も取るな」と言われていましたが、前と比べたら成長したと思いました。(休校期間の課題点も大きいけど)

また、前回上がれなかった専門科目は全て80点以上を取りました。

 

夏休みになると、何も気にせず普通に遊びました。

しかし、コロナの影響で夏休みが例年の半分くらいになりました。

後に春休みがめちゃくちゃ長くなることになるのでまぁ良かったんですが。

 

4年次・後期

夏休みが明けの時間割は、休校期間の間にできなかった電気科の実験が入っていました。

 そして僕はすぐに資格試験の予定があったので勉強しました。

このあたりから僕は資格取得に目覚めることになります。

資格の話については別の機会にしようと思います。

 

10月になると体育祭、文化祭がありました。

高専の行事は楽しいので、これについてもいつか記事にしたいですね。

 

11月の終わりごろ、後期中間テストがありました。

ここで僕は油断していて、赤点3個も取ってしまいます。

これはやばいと思い、追試はしっかりクリアしました。

 

冬休みが明けると、後期定期テストが毎週数科目ずつ、くらい前倒しで行われるようになりました。人によって賛否は異なりますが、僕にとってはテストの前倒しは助かりました。

また、テストの前倒しによって時間割が毎週変わりました。

 

冬休みが終わって1カ月も経たずうちに前倒しされていない教科の学年末テストがありました。

1科目だけ赤点を取って追試をうけて合格しました。

そしたら無事に進級です!お疲れ様!

 

4年次・春休み

そして現在に至ります。

今年の春休みは2カ月くらいありますが、もうあと20日くらいしかないです。

春休みは何をしているかというと、ほぼ自動車学校です。

資格試験も受けました。

そこそこ充実しています!

 

最後に

これで僕の4年間のお話はおしまいです。

なんか読者からしたらつまらない終わり方をしましたね。
色々書きましたが、2回目の3年生で、専門の科目は理解できると楽しいことに気が付きました。

今思うと専門の勉強をするために高専に入ってきたので、何やってんだか...って感じですが笑

 

最後に締めの言葉を言うとすると、「留年は案外悪くないぞ」ということですかね。

留年したのはもう仕方ないので、ダブったその期間に自分がどれだけ成長できたかが大切だと思います。とか言う僕は劇的に成長できたわけではありませんけど()

 

今後4年生の終わり、あるいは卒業後に「4年生編」「最終学年編」の記事も書くかもしれません。

ここまで読んでいただきありがとうございました。